ち》から某町《なにがしまち》に通ずる県道の舟橋がかゝつてゐて、駄馬《だば》や荷車の通る処に、橋の板の鳴る音が静かな午前の空気に轟いて聞えた。
橋のすぐ下では、船頭が五六人、せつせと竹の筏《いかだ》を組んで居た。
『婆様《ばあさま》、小用《こよう》が出ないか。船に乗つて了《しま》うと面倒だからな』
七十近い禿頭《はげあたま》の老爺《らうや》が傍《そば》に小さく坐つて居る六十五六の目のひたと盲《し》ひた老婆にかう言ふと、
『それぢや、面倒でも今一度連れて行つて貰うかな』
やがて婆さんは爺さんに手を曳《ひ》かれて静に長い縁側を厠《かはや》の方に行つた。
『よくそれでも世話を見なさるな』
これを見て居た六十五六の今一人の老爺《らうや》は、傍《そば》に居た五十二三の主婦に話しかけた。
主婦は老人や子供の世話に忙殺《ぼうさい》されて居た。荷積の指図もしなければならなかつた。送つて来て呉《く》れた人々の相手にもならなければならなかつた。長い間住んだ土地を別れて来るに就いてのいろ/\の追懐や覊絆《きづな》もあつた。
『中々《なかなか》あの真似は出来ませんよ』
かう言つたが、丁度《ちやうど》
前へ
次へ
全26ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング