》く明放《あけはな》れて居た。
 小さい艫《ろ》を軽く操つて、物を売つて行く舟もあつた。
『そら、見ろよ……あゝやつて、東京では朝早くあさりを売つて歩くんだぞ』
 母親は兄の少年に指《ゆびさ》して見せた。
『もう、此処《ここ》は東京かえ?』
 弟《おとと》がかう訊くと、
『東京ともよ。深川ツて言ふ処だぞよ』
 少年達の眼には見ゆるものが皆なめづらしかつた。白壁の土蔵、ブリキの屋根――河の岸には綺麗な路があつて、其処《そこ》を人がチラホラ歩いて居た。
 たぷたぷとさして来る朝の潮、高く架《か》けられた絵のやうな橋、綺麗な衣服《きもの》を着て其上を通つて行く女、ぶつつかりはしないかと思はれるほど近く掠《かす》めて行く多くの舟、大河の碧《みどり》に捺《お》したやうに白く見える小さい汽船――漸《やうや》く起つて来る雑然とした朝の物の響は、二人の少年の前に忙しい都会を展《ひろ》げて見せた。
[#地から1字上げ](「早稲田文学」明治43[#「43」は縦中横]年7月号)



底本:「短篇小説名作選」岡保生・榎本隆司編、現代企画室
   1981(昭和56)年4月15日第1刷発行
   1984(昭和59)年3月15日第2刷
入力:土屋隆
校正:林幸雄
2004年6月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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