つた。であるのに、その厳しい防禦線《ばうぎよせん》の間を何う巧《たくみ》に潜つてか、其夜の十時少し過ぎと云ふに、何か変な臭ひがすると思ふ間もなく、ふす/\と怪しい音がするので、まだ今寝たばかりの雨戸を繰つて見ると、これはそも驚くまじき事か、火の粉《こ》が降るやうに満面に吹き附けて、すぐ下の家屋の窓からは、黒く黄《きいろ》い烟《けむ》と赤い長い火の影とが……
「火事だア、火事だア」
 とこの世も終りと云はぬばかりの絶望の叫喚《さけび》が凄《すさま》じく聞えた。
 自分は慌《あわ》てて、跣足《はだし》で庭に飛び出した。下の家とは僅《わづ》か十間位しか離れて居らぬので、母屋《おもや》では既に大騒を遣つて居る様子で、やれ水を運べの桶《をけ》を持つて来いのと老主人が声を限りに指揮《さしづ》する気勢《けはひ》が分明《はつきり》と手に取るやうに聞える。自分もこの危急の場合に際して、何か手助になる事もと思つて、兎《と》に角《かく》母屋の方に廻つて見たが、元より不知案内の身の、何う為る事も出来ぬので、寧《むし》ろ足手纏《あしてまと》ひに為らぬ方が得策と、其儘《そのまゝ》土蔵の前の明地《あきち》に引返して
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