、孫や、孫やで通つたなども、かれの悲劇を思ふ人の有力なる材料になるに相違ない。
 月日は流るゝ如く過ぎて、早くも渠《かれ》は十七の若者となつた。其年の春、祖母は老病で死んで了つたが、此年ほど藤田家に取つて運の悪い年は無かつたので、其初夏には、父親が今年こそはと見当を付けて、連年の養蚕《やうさん》の失敗を恢復《くわいふく》しようと、非常に手を拡《ひろ》げて養《か》つた蚕が、気候の具合で、すつかり外《はづ》れて、一時に田地の半分ほども人手に渡して了ふといふ始末。かてて加へて、妻の持病の子宮が再発して、枕も上らず臥《ふ》せつて居ると、父親は又父親で、失敗の自棄《やけ》を医《いや》さん為め、長野の遊廓にありもせぬ金を工面して、五日も六日も流連《ゐつゞけ》して帰らぬので、年を老《と》つた、人の好い七十近い祖父が、独《ひと》りでそれを心配して、孫や孫やと頻《しき》りに重右衛門ばかりを力にして、何うか貴様は、親父《おやぢ》のやうに意気地なしには為つて呉れるな、祖父《ぢいさん》の代の田地《でんち》を何うか元のやうに恢復《くわいふく》して呉れと、殆ど口癖のやうに言つて居た。
 御存じでは御座るまいが、村
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