を治《なほ》して遣《や》る方法は無いかと、長野まで態々《わざ/\》出懸けて、いろ/\医者にも掛けて見たけれど、まだ其頃は医術も開けて居らぬ時代の事とて、一時は腸に収まつて居ても、又何かの拍子で忽地《たちまち》元に復して了ふので、いくら可愛想に思つても、何《ど》う為《す》る事も出来なかつた。
これが又一層|不便《ふびん》を増すの料となつて、孫や孫やと、その祖父祖母の寵愛は益《ます/\》太甚《はなはだ》しく、四歳《よつ》五歳《いつゝ》、六歳《むつ》は、夢のやうに掌《たなごころ》の中に過ぎて、段々その性質があらはれて来た。けれど、子供の時分には、只非常に意地の強いといふばかりで、別段これと言つて他の童《わらべ》に異つたところも無かつたといふ事だが、それでも今の老人の中には、重右衛門の子供にも似ぬ、一種|茫然《ぼんやり》したやうな、しつかりしたやうな、要領を得ない処があるのを記憶して居て、どうもあの子は昔から変つて居ると思つたと言ふ者もある。が、概して他の童にさしたる相違が無かつたといふのが、一般の評であつた。山県の総領の兄などはその幼い頃の遊び夥伴《なかま》で、よく一所に蜻蛉《とんぼ》を交
前へ
次へ
全103ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング