苦しんで居たが、ある日、教師から指名されて、「ズー、ケット、ラン」と読方を初めると……、生徒は一同どつと笑つた。
 漢学の素読《そどく》の仕方がまた非常に可笑《をか》しかつた、文章軌範の韓退之《かんたいし》の宰相《さいしやう》に上《たてまつ》るの書を其時分我々は読んで居つたが、それを一種|可笑《をか》しい、調子を附けずには何うしても読めぬので、それが始まるといつも教場を賑《にぎ》はすの種《たね》とならぬ事は無かつたのである。
 ある日、自分が課業を終つて、あたふたとその学校の門を出て行くと、自分より先にその田舎の二人が丸で兄弟でもあるかの様に、肩と肩とを摩合《すりあは》せて、頻《しき》りに何事をか話しながら歩いて行く。
 声を懸けようと思つたけれど、黙つて自分は先へ行つて了《しま》つた。
 次の日も二人|睦《むつま》しさうに並んで行く。
 矢張声を懸けなかつた。
 次の日も……
 又其次の日も矢張同じやうに肩を摩り合せて、同じやうにさも睦しさうに話し合つて行くので、彼等は一体|何所《どこ》に行くのか知らん、自分等の帰る方角に帰つて行くのか知らんと思ひながら、ふと、
「君達は何処《どこ》
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