道にあらわれ出したのは、今からふた月ほど前、近郊の地が開けて、新しい家作がかなたの森の角《かど》、こなたの丘の上にでき上がって、某少将の邸宅、某会社重役の邸宅などの大きな構えが、武蔵野のなごりの櫟《くぬぎ》の大並木の間からちらちらと画のように見えるころであったが、その櫟《くぬぎ》の並木のかなたに、貸家建ての家屋が五、六軒並んであるというから、なんでもそこらに移転して来た人だろうとのもっぱらの評判であった。
何も人間が通るのに、評判を立てるほどのこともないのだが、淋《さび》しい田舎で人珍しいのと、それにこの男の姿がいかにも特色があって、そして鶩《あひる》の歩くような変てこな形をするので、なんともいえぬ不調和――その不調和が路傍の人々の閑《ひま》な眼を惹《ひ》くもととなった。
年のころ三十七、八、猫背《ねこぜ》で、獅子鼻《ししばな》で、反歯《そっぱ》で、色が浅黒くッて、頬髯《ほおひげ》が煩《うる》さそうに顔の半面を蔽《おお》って、ちょっと見ると恐ろしい容貌《ようぼう》、若い女などは昼間|出逢《であ》っても気味悪く思うほどだが、それにも似合わず、眼には柔和なやさしいところがあって、絶えず
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