たりにくつきりと見せながら、「おかけになるんですね?」かう軽く言つて、そしてBをその背後にある電話室の方へと伴れて行つた。
 それはBに取つて持つて来いの電話室であつた。そこには二十燭ほどの電気がついてゐて、その戸を排して中に入れば、何んな秘密な話をしようが、外からそれを立聞きされる憂《うれひ》は少しもなかつた。それに、女中にしても、ホテルだけにさつぱりしてゐた。そこを案内するとそのまゝすぐ元の方へと引返して行つた。
 電話の番号は、かの女が大連の旅舎あてによこした手紙で、ちやんと知つてゐたけれども、念のため、そこに置いてある電話帳を繰つて、そのゐる家に当てはめてから、Bは躍る心を押へつゝ徐《しづ》かに把手《ハンドル》を廻した。ベルがあたりの静かな空気にけたゝましく響きわたつてきこえた。
「二十三番――」
 かう呼出すと、すぐ通じて、向うから女中らしい声がきこえて来た。
「どなたで御座いますか。は、は、さやうで御座います。武蔵野で御座います。時子さんで御座いますか? あなたはどなた? Bさん……? ちよつとお待ち下さいまし」かう言つて引込んで行つたが、つゞいてすぐ女が代つて出て来たらし
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