ら、内地のやうなわけには行きませんから。里程はそんなにないですけれども、百里足らずですけれども、十二三日は何うしてもかゝりませうね――」
「大変ですな――。それにしても、赤峰といふところは、錦州《きんしう》からも行けるやうにきいてゐますが、あつちの方が近くはないのでせうか?」
「あつちの方がいくらか近いですけれども、馬車が北京よりももつと乏しいさうですから」
「さうですかな。何にしても大変ですな。あなたはまア好いとしても、奥さんが大変ですな」
「え……」
 それだけで別れてBは二階の方へと行つた。Bはそれからあちこちと見物した。万寿山へも行けば、万里《ばんり》の長城《ちやうじやう》へも行つた。梅蘭芳《メイランフワン》の劇をも見れば琉璃廠《るりしやう》の狭斜へも行つた。Bは北京に三|夜《や》泊つた。かれがそこを立つて奉天《ほうてん》の方へ来る時にも、H夫妻はまだその旅舎《りよしや》の一室に滞留してゐた。
 しかもそのH夫妻が例の轎車《けうしや》に乗つて、蒙古風のすさまじく吹き荒む中を、遮るものとてもない曠野の中を、小さな集落があつたりさびしい町があつたりする中を、埃塵に包まれてガタガタと
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