H氏はBに言つた。
「今日は天津にお泊りですか?」
「一|夜《や》泊つて行かうと思ひます。貴方《あなた》は?」
「何うしようかと思つてゐます……。都合に由《よ》つて北京に行きたいと思つてをりますけれども――」
しかもそはそはしたB達はそれ以上言葉を交す暇《いとま》を持つてゐなかつた。その行くべき方《はう》へと各自に行かなければならなかつた。Bは船長や船員達の世話になつて、其処《そこ》に迎へに来てゐるTホテルの自動車へと乗ることにした。で、少し此方《こつち》に来てそれとなしに振返つて見た時には、Kが徳子を介抱して頻りに苦力の車に乗せてゐるのを眼にした。
やがてBはすさまじい蒙古風が屋根に当り四辻に吼え※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ランダに渦《うづま》くのを見た。街路樹の楊柳が枝も幹も地につくまでにたわわに振り動かされてゐるのを見た。黄い埃塵が北国《ほくこく》の冬の吹雪のやうに堅く閉《とざ》したホテルの硝子窓の内までザラザラと吹き込んで来るのを見た。次第に空も晦《くら》く、日の光もおぼろに、ホテルの廊下などでは、電灯のスヰツチをひねらなければならないほどそれほどあたりが暗くなつ
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