ら笑つた。
「フランス人なんかその点に行くと親切なもんださうですよ。美しい女のことなら何んな世話でもしてやるさうですから――。日本人だつて何方《どちら》かと言へば、女に親切な方ですからな」言ひかけてBも笑つて、「それで遠いんですか?」
「行くところですか。それはそんなに遠くもありませんがね? ……兎に角、誰か迎へに来てゐて呉れる方が好いですな」
 埠頭まではもはやそこからいくらもなかつた。汽船の速力も次第に緩く、岸には赤煉瓦の建物や倉庫らしいものも見え出して来て、縫ふやうに縁《へり》に並んで生えてゐる楊柳《やうりう》の緑についさつきから吹き出した蒙古風《もうこかぜ》がすさまじく黄《きいろ》い埃塵《ほこり》を吹きつけてゐるのを眼にした。船や、ヂヤンクや、小蒸汽や――たうとうB達の船はその埠頭に横附けにされた。
 そこには自動車や、車や、荷車や、迎へに出てゐる人達があたり一杯に混雑《ごた/″\》と巴渦を巻いてゐて、踏板を此方《こつち》から渡すと同時に、三等の方の人達は大きな包を抱へて先を争つて急いで出て行くのであつた。舷側に添つたところには、H夫妻も徳子も皆な鞄や手提を持つて出てゐた。
 
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