かんべ。また、來年、買つて貰ふだでな。好かんべ、それで……。』
『丁度にして置け。』
『丁度? それはひどいや。そんな眞似すれや、小言言はれるア。』
『誰に? お方にか?』
 かう言つて笑つて、『お方ア、山さゐるんか。』
『ゐねえし、もう。』
『露にぬれてもお方は山で待つてゐる! かな。』
『あほらしい。』
 女はかう言つて笑つた。汚ない扮裝をしてるけれど、中には色の白い髪の濃い女などもあつた。時には不思議にして、かれ等の生活や故郷などを根掘り葉掘り聞くものなどもあつた。『さうかな。先祖から代々さういふ事してゐるのかな。餘程ゐるのかな。仲間は千人も二千人も? ふん、そんなにゐるのかな。そして日本中を山から山へと股にかけて歩いてゐるんだな。面白いな。ふん、會津の方まで行くのか。そして故郷は何處だな。』
 しかし、男にしても女にしても、かれ等の群は、滅多にその生活や故郷や祖先を語らなかつた。かれ等は訊かれると、唯薄氣味わるく笑つてばかりゐた。それにかれ等に關しての傳説は、一層普通の民とかれ等との間を隔てた。里の人達は言つた。『あいつ等はそつとして置くに限るぞよ。生中、あいつ等のことを聞かう
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