としたり、あいつ等の中に入つて行かうとすると、えらい目に逢ふぞよ。あいつ等の仲間は昔から堅い約束があつて、少しでも仲間のことを世間に洩らした奴は、成敗されて了ふといふことだし、里の人でも、あいつ等のことを餘りよく知つてゐると、何んな目に逢ふかわからんぞ。そつとしておけよ。それに限るぞ。』

         二

 平公と嚊とはある谷間で十日ほど過した。それは丁度夏も終りになつて、蟲の聲などの靜かに聞える頃であつた。毎日續いて雨が降つて薄い小さいテントからは雨滴が佗しく落ちた。二月三月精出して働いて、里に木地やさゝらを賣つて來たので、金も米も不自由しないほどかれ等は貯へて持つてゐた。平公は狹いテントの隅に形ばかりの仕事場を拵へて、終日長く木を切つたり削つたりしてゐた。木の葉や木の枝を澤山に取つて來てテントの上に置いても、それでも雨はぽた/\と洩れた。平公の頭の髪は半ば濡れてゐた。
『しけて、しやうがねえな。』
『ほんまに……もう止まずかと思ふが。』かう言つた若い嚊の髪の毛も矢張り雨滴で濡れて光つてゐた。平公は去年までは獨身であつた。毎年獨りか、でなければ、仲間の一人二人と山から山へと仕事をしながら放浪の生活を送つた。平公は去年の冬の初めの歸國を思ひ起した。一年に一度、國では結婚をするために同種族のものが全國から集まつて來るのが例になつてゐた。
 彼方此方に散つたその種族の人達──さういふ人達は年頃になつた人達の結婚を祝ふために、遠いところから一度は必らず遙々その故郷へ歸つて行くのであつた、去年の冬、平公は其處で今の嚊を貰つた。
『また、ぢき、冬になるな。』
『ほんまに……』
『いつまでぐづ/″\してもをられねえぜ。』
『それにしても、早う天氣さなれば好いと思ふだ。』
 鍋一つ、バケツ二つ、水を汲むにも、飯を炊くにも、物を洗ふにも、すべて皆これで間に合はせた。土を掘つた竈には、藤蔓で鍋がかけてあつた。濡れた木は容易に燃えなかつた。
 烟は湧くやうに低く地を這つた。
『けぶいな。』
『でも、濡れてるだで、燃えねえ。』
 顏を竈に押附けるやうにして若い嚊は吹いた。火はやがてぱッと燃え上つた。
『何だな、※[#「者/火」、第3水準1−87−52、69−11]てるんは?』
『芋だがな。』
 さうかと言ふ顏をして、平公はまた仕事に取かゝつた。それは二三日前、一里ほど里に下りて行
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