頓着なく、自分に都合の好い木材を切り倒して、必要な部分だけを切り取つて、そしてさつさと山から山へと移つて行つた。
 かれ等は材料のあるところをよく知つてゐた。見事な竹で蔽はれてゐる谷、美しい樹木の青々と繁つてゐる谷、さういふところでかれ等は三日四日を費した。ある里に近い山では、男は宿泊地に殘つて、木地を拵へたりさゝらを造つたりしてゐる間に、女は二人三人揃つて、それを持つて、近いあたりの里を賣つて歩いた。
 かれ等の行く處には、小さな轆轤を店の傍に備へて、終日椀や盆の製造に忙殺されてゐる家などもあれば、下駄屋の看板をかゝげて、亭主がせつせと仕事場で鉋を使つてゐる家などもあつた。
『これや高けいや。』
『高いもんかな。山坂越えて骨折つて持つて來るだで。さうして呉れや、この前も、さうだつたでな。』
『お前ち等のは、元がいらねえだで、いくら安くつても間に合ふべい?』
 こんなことを笑ひながら言ふと、
『何うしてな、この頃ぢやな、お上が喧しいだで、とても駄目だな、皆な、元を出して買はねえぢや木の片一つありやしねえ。えらい時世だ。』
『うそ、こけ。』
『まア、それぢや、かうして置くべい。それなら好かんべ。また、來年、買つて貰ふだでな。好かんべ、それで……。』
『丁度にして置け。』
『丁度? それはひどいや。そんな眞似すれや、小言言はれるア。』
『誰に? お方にか?』
 かう言つて笑つて、『お方ア、山さゐるんか。』
『ゐねえし、もう。』
『露にぬれてもお方は山で待つてゐる! かな。』
『あほらしい。』
 女はかう言つて笑つた。汚ない扮裝をしてるけれど、中には色の白い髪の濃い女などもあつた。時には不思議にして、かれ等の生活や故郷などを根掘り葉掘り聞くものなどもあつた。『さうかな。先祖から代々さういふ事してゐるのかな。餘程ゐるのかな。仲間は千人も二千人も? ふん、そんなにゐるのかな。そして日本中を山から山へと股にかけて歩いてゐるんだな。面白いな。ふん、會津の方まで行くのか。そして故郷は何處だな。』
 しかし、男にしても女にしても、かれ等の群は、滅多にその生活や故郷や祖先を語らなかつた。かれ等は訊かれると、唯薄氣味わるく笑つてばかりゐた。それにかれ等に關しての傳説は、一層普通の民とかれ等との間を隔てた。里の人達は言つた。『あいつ等はそつとして置くに限るぞよ。生中、あいつ等のことを聞かう
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