やんして。』
こんな會話が其處にも此處にも起つた。
常公や平公の仲の好い友達などもその群の中にゐた。貞公と言ふ男は、『えらい目に逢つたぞや。熊にも逢へばサアベルにも逢つてな。ある處ぢや、もう、既でのことで、牢の中へ打込まれる處だつたぞ。』などと言つて話した。『おつかア、腹ア減つた、腹ア減つた!』かう子供達は母親をせがんだ。それにも拘らず、母親達は平氣で路の角の木の根に腰をかけて話した。
『おつかア、おつかア、腹が減つた!』
『煩せい餓鬼だな。』
かう言つたが、母親の一人は、甘藷の茹でたのを一本出して子供にやつた。と彼方からも此方からも小さい手が五本も六本も出て、煩さくまつはり附いて來た。中には自分の貰つた甘藷を取られてべそをかいてゐるのもあつた。ある者は泣き立てた。
『それ!』
母親は五六本其處に投げてやつた。
其處にも此處にも人達は腰を下して休んだ。或は木の根元、或は藪の中、或は小川の畔、中には足を投出して寢轉んでゐるものもあれば、渇を醫すべく口を川の水に押當てゝゐるものもあつた。娘達は皆な赤い脚半を穿いてゐた。
午後の日影は鮮かにかうした一群の上を照した。日に燒けた顏、土に塗れた着物、荒れた唇、蓬ろなす髪、長く生えた鬚、さういふものが到るところにあつた。若い娘と若い男達は、後の林の木立の中深く入つて行つた。
繰返して語られるのは、長い間の旅の艱難と、辛勞と、その折々についてのめづらしい物語とであつた。逢うての喜悦、別れての悲哀は、矢張かういふ放浪者の群にもあつた。それに、後から合した群は、大きな山脈を越えて、海近くまで行つたので、めづらしい物語を澤山に澤山に持つてゐた。
二人の老人はかうした群から少し離れて斜坂になつた草藪のところに腰をかけて話してゐた。主として彼方此方で別れた連中の話が問題になつてゐた。
『もう、此處等近くに來てると思ふがな。』
『來てるに違ひねえ。』
『まア、仕方がねえ。向うに行つて、一日二日待つて見るだ。成だけ、一緒になつて歸つて行く方が好いで……』
『ほんまぢや……』
『紋十郎の組は何うしたんべ。何處でも、ちつとも、奴の組の衆には出會はさなかつたがな、……お前は何うぢやつた。』
『俺も知らねえ。』
『何處か遠くへでも行つたかな。』
『さうかも知んねえ。』
一時間ほどして、一行は出發の準備に取りかゝつた。相圖につれて、一行
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