に歸りていなんて……。イヤでも、この冬には歸るだア。そして今年こそ、好い婿どん、取つてやんべいな。せつせと稼げよな、好い兒ぢやで。』
『…………』
『もうぢきだアな。此處に十日ゐて、それから、あそこに三日、あそこに七日、そしてあの大きな山を越しさへすりや、國はもう見えるだで。』
などと言つて老人は慰めた。
山の氣象は日に/\寒くなりつゝあつた。落葉はガサ/\と風に吹かれて飛んだ。落葉松は黄葉して、霜を帶びた下草は皆枯れて見えた。奧山は、早くも、雪が白くかゝつた。
ある日は凄じい凩が山をも撼かすばかりに吹いた。木の葉も皆散り/″\に、草は薙倒され、谷川の音は吠えるやうに聞えた。聳え立ち、重なり合つた山々には雲もかゝらず、黄色い冬近い日影が廣い高原を淋しく照らした。姉娘のあぐりは、ひとりさびしくこの吹きあるゝ凩の中を、祖父の造つた木地を負つて、里へ通ふ岨道を下りて行つた。
五
ある處からある處へと行く途中で、一行はまた向うの山脈の中から出て來た一群の人達と落ち合つた。群の頭領の老人は、此方の老人と路の角で立つて話した。
『ヤ、無事かや。』
『おぬしも無事かや。』
此方の老人は、ぞろ/\とあとについて來る群を見渡して、『かなりに大勢だな。』
『おう、こんな大勢になつたぢや。作の組と、政の組とに、向うで出逢つたでな……。おぬしは何處から來た?』かう言つたが、南部に行つて去年歸らなかつた老婦達の群の中に雜つてゐるのを見て、『おう、おぬしも歸つて來たぢやな。去年は歸らねえし、たよりはなし、何うかしたかと思つて案じてゐたがや。』
また見廻して、
『息子はな?』
『死んだがや。』
老婦の眼からは見る/\涙が流れた。
彼方の老人の頭領と老婦とは、長い間立つて話した。頭領の點頭いたり、眼をしばたゝいたりするのが此方から見えた。『さうかや、氣の毒なことをしたなア。若い好い息子ぢやつたに……それから、他の衆は何うしたな?』
『上州でわかれたが、もう其處等に來てゐべいよ。』
『さうかな。』
二人は猶立つて話した。
この群は二組三組其處此處で落合つたゞけに、息子達も娘達も夫婦連も子供達も非常に多かつた。誰れも皆鍋と道具とバケツとを負つて、木の枝の杖をついてゐた。
『まア、無事で好かつたな。』
『おめいさん達も。』
『うんと、貯めて來たかな。』
『何うし
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