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時雄は今更に地の底にこの身を沈めらるるかと思った。手紙を持って立上った。その激した心には、芳子がこの懺悔《ざんげ》を敢《あえ》てした理由――総《すべ》てを打明けて縋ろうとした態度を解釈する余裕が無かった。二階の階梯《はしご》をけたたましく踏鳴らして上って、芳子の打伏している机の傍に厳然として坐った。
「こうなっては、もう為方がない。私はもうどうすることも出来ぬ。この手紙はあなたに返す、この事に就いては、誓って何人にも沈黙を守る。とにかく、あなたが師として私を信頼した態度は新しい日本の女として恥しくない。けれどこうなっては、あなたが国に帰るのが至当だ。今夜――これから直ぐ父様の処に行きましょう、そして一伍一什《いちぶしじゅう》を話して、早速、国に帰るようにした方が好い」
で、飯を食い了《おわ》るとすぐ、支度をして家を出た。芳子の胸にさまざまの不服、不平、悲哀が溢《あふ》れたであろうが、しかも時雄の厳《おごそ》かなる命令に背《そむ》くわけには行かなかった。市ヶ谷から電車に乗った。二人相並んで座を取ったが、しかも一語をも言葉を交えなかった。山下門で下りて、京橋の旅館に行
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