。であるのに再び寂寞《せきばく》荒涼たる以前の平凡なる生活にかえらなければならぬとは……。不平よりも、嫉妬《しっと》よりも、熱い熱い涙がかれの頬《ほお》を伝った。
かれは真面目に芳子の恋とその一生とを考えた。二人|同棲《どうせい》して後の倦怠《けんたい》、疲労、冷酷を自己の経験に照らしてみた。そして一たび男子に身を任せて後の女子の境遇の憐《あわれ》むべきを思い遣《や》った。自然の最奥《さいおう》に秘める暗黒なる力に対する厭世《えんせい》の情は今彼の胸を簇々《むらむら》として襲った。
真面目なる解決を施さなければならぬという気になった。今までの自分の行為《おこない》の甚《はなは》だ不自然で不真面目であるのに思いついた。時雄はその夜、備中の山中にある芳子の父母に寄する手紙を熱心に書いた。芳子の手紙をその中に巻込んで、二人の近況を詳しく記し、最後に、
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父たる貴下と師たる小生と当事者たる二人と相対して、此《こ》の問題を真面目に議すべき時節到来せりと存候《ぞんじそうろう》、貴下は父としての主張あるべく、芳子は芳子としての自由あるべく、小生また師としての意見|有之《これ
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