溺《わくでき》の淵《ふち》に沈めたのである。時雄はもうこうしてはおかれぬと思った。時雄が芳子の歓心を得る為めに取った「温情の保護者」としての態度を考えた。備中の父親に寄せた手紙、その手紙には、極力二人の恋を庇保《ひほ》して、どうしてもこの恋を許して貰《もら》わねばならぬという主旨であった。時雄は父母の到底これを承知せぬことを知っていた。寧《むし》ろ父母の極力反対することを希望していた。父母は果して極力反対して来た。言うことを聞かぬなら勘当するとまで言って来た。二人はまさに受くべき恋の報酬を受けた。時雄は芳子の為めに飽《あく》まで弁明し、汚れた目的の為めに行われたる恋でないことを言い、父母の中一人、是非出京してこの問題を解決して貰いたいと言い送った。けれど故郷の父母は、監督なる時雄がそういう主張であるのと、到底その口から許可することが出来ぬのとで、上京しても無駄であると云って出て来なかった。
 時雄は今、芳子の手紙に対して考えた。
 二人の状態は最早一刻も猶予すべからざるものとなっている。時雄の監督を離れて二人一緒に暮したいという大胆な言葉、その言葉の中には警戒すべき分子の多いのを思った
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