んなことはないでしょうけれど、何だか変ですよ」
「そんなことはどうでも好い。それでどうした?」
「お鶴(下女)が行って上げると言うのに、好いと言って、御自分で出かけて、餅菓子《もちがし》と焼芋《やきいも》を買って来て、御馳走《ごちそう》してよ。……お鶴も笑っていましたよ。お湯をさしに上ると、二人でお旨《い》しそうにおさつを食べているところでしたッて……」
時雄も笑わざるを得なかった。
細君は猶《なお》語り続《つ》いだ。「そして随分長く高い声で話していましたよ。議論みたいなことも言って、芳子さんもなかなか負けない様子でした」
「そしていつ帰った?」
「もう少し以前《さっき》」
「芳子は居るか」
「いいえ、路《みち》が分からないから、一緒に其処《そこ》まで送って行って来るッて出懸《でか》けて行ったんですよ」
時雄は顔を曇らせた。
夕飯を食っていると、裏口から芳子が帰って来た。急いで走って来たと覚しく、せいせい息を切っている。
「何処《どこ》まで行らしった?」
と細君が問うと、
「神楽坂《かぐらざか》まで」と答えたが、いつもする「おかえりなさいまし」を時雄に向って言って、そのままば
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