《もちろん》、この女学生気質を時雄は主義の上、趣味の上から喜んで見ていたのは事実である。昔のような教育を受けては、到底今の明治の男子の妻としては立って行かれぬ。女子も立たねばならぬ、意志の力を十分に養わねばならぬとはかれの持論である。この持論をかれは芳子に向っても尠《すくな》からず鼓吹した。けれどこの新派のハイカラの実行を見てはさすがに眉《まゆ》を顰《ひそ》めずにはいられなかった。

 男からは国府津《こうづ》の消印で帰途に就《つ》いたという端書《はがき》が着いて翌日三番町の姉の家から届けて来た。居間の二階には芳子が居て、呼べば直ぐ返事をして下りて来る。食事には三度三度膳を並べて団欒《だんらん》して食う。夜は明るい洋燈《ランプ》を取巻いて、賑《にぎ》わしく面白く語り合う。靴下は編んでくれる。美しい笑顔を絶えず見せる。時雄は芳子を全く占領して、とにかく安心もし満足もした。細君も芳子に恋人があるのを知ってから、危険の念、不安の念を全く去った。
 芳子は恋人に別れるのが辛《つら》かった。成ろうことなら一緒に東京に居て、時々顔をも見、言葉をも交えたかった。けれど今の際それは出来難いことを知って
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