ですからねえ」
「え……」と芳子は頭を垂れた。
「後で詳しく聞きましょうが、今の中《うち》は二人共じっとして勉強していなくては、為方がないですからね」
「え……」と言って、芳子は顔を挙げて、「それで先生、私達もそう思って、今はお互に勉強して、将来に希望を持って、親の許諾《ゆるし》をも得たいと存じておりますの!」
「それが好いです。今、余り騒ぐと、人にも親にも誤解されて了って、折角の真面目な希望も遂げられなくなりますから」
「ですから、ね、先生、私は一心になって勉強しようと思いますの。田中もそう申しておりました。それから、先生に是非お目にかかってお礼を申上げなければ済まないと申しておりましたけれど……よく申上げてくれッて……」
「いや……」
 時雄は芳子の言葉の中に、「私共」と複数を遣《つか》うのと、もう公然|許嫁《いいなずけ》の約束でもしたかのように言うのとを不快に思った。まだ、十九か二十の妙齢の処女が、こうした言葉を口にするのを怪しんだ。時雄は時代の推移《おしうつ》ったのを今更のように感じた。当世の女学生|気質《かたぎ》のいかに自分等の恋した時代の処女気質と異っているかを思った。勿論
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