かえって大《おおい》に喜んだのであろうに……
時雄は一刻も早くその恋人のことを聞糺《ききただ》したかった。今、その男は何処《どこ》にいる? 何時《いつ》京都に帰るか? これは時雄に取っては実に重大な問題であった。けれど何も知らぬ姉の前で、打明けて問う訳にも行かぬので、この夜は露ほどもそのことを口に出さなかった。一座は平凡な物語に更《ふ》けた。
今夜にもと時雄の言出したのを、だって、もう十二時だ、明日にした方が宜《よ》かろうとの姉の注意。で、時雄は一人で牛込に帰ろうとしたが、どうも不安心で為方がないような気がしたので、夜の更けたのを口実に、姉の家に泊って、明朝早く一緒に行くことにした。
芳子は八畳に、時雄は六畳に姉と床を並べて寝た。やがて姉の小さい鼾《いびき》が聞えた。時計は一時をカンと鳴った。八畳では寝つかれぬと覚しく、おりおり高い長大息《ためいき》の気勢《けはい》がする。甲武の貨物列車が凄《すさま》じい地響を立てて、この深夜を独《ひと》り通る。時雄も久しく眠られなかった。
五
翌朝時雄は芳子を自宅に伴った。二人になるより早く、時雄は昨日の消息を知ろうと思っ
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