いかにも遣瀬《やるせ》ないというように微《かす》かに弁解した。
「中野へ散歩に行ったッて?」
時雄は突如として問うた。
「ええ……」芳子は時雄の顔色をまたちらりと見た。
姉は茶を淹《い》れる。土産の包を開くと、姉の好きな好きなシュウクリーム。これはマアお旨《い》しいと姉の声。で、暫《しばら》く一座はそれに気を取られた。
少時《しばらく》してから、芳子が、
「先生、私の帰るのを待っていて下さったの?」
「ええ、ええ、一時間半位待ったのよ」
と姉が傍《そば》から言った。
で、その話が出て、都合さえよくば今夜からでも――荷物は後からでも好いから――一緒に伴《つ》れて行く積りで来たということを話した。芳子は下を向いて、点頭《うなず》いて聞いていた。無論、その胸には一種の圧迫を感じたに相違ないけれど、芳子の心にしては、絶対に信頼して――今回の恋のことにも全心を挙げて同情してくれた師の家に行って住むことは別に甚《はなはだ》しい苦痛でも無かった。寧《むし》ろ以前からこの昔風の家に同居しているのを不快に思って、出来るならば、初めのように先生の家にと願っていたのであるから、今の場合でなければ、
前へ
次へ
全105ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング