うというほどの熱烈な心を抱《いだ》いて、華表《とりい》、長い石階《いしだん》、社殿、俳句の懸行燈《かけあんどん》、この常夜燈の三字にはよく見入って物を思ったものだ。その下には依然たる家屋、電車の轟《とどろき》こそおりおり寂寞《せきばく》を破って通るが、その妻の実家の窓には昔と同じように、明かに燈の光が輝いていた。何たる節操なき心ぞ、僅《わず》かに八年の年月を閲《けみ》したばかりであるのに、こうも変ろうとは誰が思おう。その桃割姿を丸髷姿《まるまげすがた》にして、楽しく暮したその生活がどうしてこういう荒涼たる生活に変って、どうしてこういう新しい恋を感ずるようになったか。時雄は我ながら時の力の恐ろしいのを痛切に胸に覚えた。けれどその胸にある現在の事実は不思議にも何等の動揺をも受けなかった。
「矛盾でもなんでも為方《しかた》がない、その矛盾、その無節操、これが事実だから為方がない、事実! 事実!」
 と時雄は胸の中に繰返した。
 時雄は堪え難い自然の力の圧迫に圧せられたもののように、再び傍のロハ台に長い身を横えた。ふと見ると、赤銅《しゃくどう》のような色をした光芒《ひかり》の無い大きな月が、お
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