《よ》り合せた糸のように固く結び着けられて、一種異様の心の状態を呈した。
悲しい、実に痛切に悲しい。この悲哀は華《はな》やかな青春の悲哀でもなく、単に男女の恋の上の悲哀でもなく、人生の最奥《さいおう》に秘《ひそ》んでいるある大きな悲哀だ。行く水の流、咲く花の凋落《ちょうらく》、この自然の底に蟠《わだかま》れる抵抗すべからざる力に触れては、人間ほど儚《はかな》い情《なさけ》ないものはない。
汪然《おうぜん》として涙は時雄の鬚面《ひげづら》を伝った。
ふとある事が胸に上《のぼ》った。時雄は立上って歩き出した。もう全く夜になった。境内の処々に立てられた硝子燈《ガラスとう》は光を放って、その表面の常夜燈という三字がはっきり見える。この常夜燈という三字、これを見てかれは胸を衝《つ》いた。この三字をかれは曽《かつ》て深い懊悩《おうのう》を以て見たことは無いだろうか。今の細君が大きい桃割《ももわれ》に結って、このすぐ下の家に娘で居た時、渠《かれ》はその微《かす》かな琴の音《ね》の髣髴《ほうふつ》をだに得たいと思ってよくこの八幡の高台に登った。かの女を得なければ寧《いっ》そ南洋の植民地に漂泊しよ
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