の白い顔も見える。ボールを投げている少年もある。官吏らしい鰌髭《どじょうひげ》の紳士が庇髪《ひさしがみ》の若い細君を伴《つ》れて、神楽坂《かぐらざか》に散歩に出懸けるのにも幾組か邂逅《でっくわ》した。時雄は激昂《げっこう》した心と泥酔した身体とに烈《はげ》しく漂わされて、四辺《あたり》に見ゆるものが皆な別の世界のもののように思われた。両側の家も動くよう、地も脚の下に陥るよう、天も頭の上に蔽《おお》い冠《かぶ》さるように感じた。元からさ程強い酒量でないのに、無闇《むやみ》にぐいぐいと呷《あお》ったので、一時に酔が発したのであろう。ふと露西亜《ロシア》の賤民《せんみん》の酒に酔って路傍に倒れて寝ているのを思い出した。そしてある友人と露西亜の人間はこれだから豪《えら》い、惑溺《わくでき》するなら飽《あく》まで惑溺せんければ駄目だと言ったことを思いだした。馬鹿な! 恋に師弟の別があって堪るものかと口へ出して言った。
中根坂を上って、士官学校の裏門から佐内坂の上まで来た頃は、日はもうとっぷりと暮れた。白地の浴衣《ゆかた》がぞろぞろと通る。煙草屋《たばこや》の前に若い細君が出ている。氷屋の暖簾《
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