当に厭《いや》さ、若い娘の身で、小説家になるなんぞッて、望む本人も本人なら、よこす親達も親達ですからね」
「でも、お前は安心したろう」と言おうとしたが、それは止《よ》して、
「まア、そんなことはどうでも好いさ、どうせお前達には解らんのだから……それよりも酌でもしたらどうだ」
温順な細君は徳利を取上げて、京焼の盃《さかずき》に波々と注ぐ。
時雄は頻《しき》りに酒を呷《あお》った。酒でなければこの鬱《うつ》を遣るに堪えぬといわぬばかりに。三本目に、妻は心配して、
「この頃はどうか為ましたね」
「何故?」
「酔ってばかりいるじゃありませんか」
「酔うということがどうかしたのか」
「そうでしょう、何か気に懸ることがあるからでしょう。芳子さんのことなどはどうでも好いじゃありませんか」
「馬鹿!」
と時雄は一|喝《かつ》した。
細君はそれにも懲りずに、
「だって、余り飲んでは毒ですよ、もう好い加減になさい、また手水場《ちょうずば》にでも入って寝ると、貴郎《あなた》は大きいから、私と、お鶴(下女)の手ぐらいではどうにもなりやしませんからさ」
「まア、好いからもう一本」
で、もう一本を半分位
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