い人、信頼するに足る人と信じられている。三日間の苦しい煩悶《はんもん》、これでとにかく渠はその前途を見た。二人の間の関係は一段落を告げた。これからは、師としての責任を尽して、わが愛する女の幸福の為めを謀《はか》るばかりだ。これはつらい、けれどつらいのが人生《ライフ》だ! と思いながら帰って来た。
門をあけて入ると、細君が迎えに出た。残暑の日はまだ暑く、洋服の下襦袢《したじゅばん》がびっしょり汗にぬれている。それを糊《のり》のついた白地の単衣《ひとえ》に着替えて、茶の間の火鉢《ひばち》の前に坐ると、細君はふと思い附いたように、箪笥《たんす》の上の一封の手紙を取出し、
「芳子さんから」
と言って渡した。
急いで封を切った。巻紙の厚いのを見ても、その事件に関しての用事に相違ない。時雄は熱心に読下した。
言文一致で、すらすらとこの上ない達筆。
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先生――
実は御相談に上りたいと存じましたが、余り急でしたものでしたから、独断で実行致しました。
昨日四時に田中から電報が参りまして、六時に新橋の停車場に着くとのことですもの、私はどんなに驚きましたか知れません。
何事も無
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