あお》る。気の弱い下女はどうしたことかと呆《あき》れて見ておった。男の児の五歳になるのを始めは頻《しき》りに可愛がって抱いたり撫《な》でたり接吻《せっぷん》したりしていたが、どうしたはずみでか泣出したのに腹を立てて、ピシャピシャとその尻を乱打したので、三人の子供は怖《こわ》がって、遠巻にして、平生《ふだん》に似もやらぬ父親の赤く酔った顔を不思議そうに見ていた。一升近く飲んでそのまま其処に酔倒れて、お膳の筋斗《とんぼ》がえりを打つのにも頓着《とんちゃく》しなかったが、やがて不思議なだらだらした節で、十年も前にはやった幼稚な新体詩を歌い出した。
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君が門辺《かどべ》をさまよふは
巷《ちまた》の塵《ちり》を吹き立つる
嵐《あらし》のみとやおぼすらん。
その嵐よりいやあれに
その塵よりも乱れたる
恋のかばねを暁の
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 歌を半ばにして、細君の被《か》けた蒲団《ふとん》を着たまま、すっくと立上って、座敷の方へ小山の如く動いて行った。何処へ? 何処へいらっしゃるんです? と細君は気が気でなくその後を追って行ったが、それにも関《かま》わず、蒲団を着たまま、
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