えびえ》と背中の冷たい籐椅子《とういす》に身を横《よこた》えつつ、雨の長い脚を見ながら、今回の事件からその身の半生のことを考えた。かれの経験にはこういう経験が幾度もあった。一歩の相違で運命の唯中に入ることが出来ずに、いつも圏外に立たせられた淋しい苦悶《くもん》、その苦しい味をかれは常に味《あじわ》った。文学の側でもそうだ、社会の側でもそうだ。恋、恋、恋、今になってもこんな消極的な運命に漂わされているかと思うと、その身の意気地なしと運命のつたないことがひしひしと胸に迫った。ツルゲネーフのいわゆる Superfluous man ! だと思って、その主人公の儚《はかな》い一生を胸に繰返した。
寂寥《さびしさ》に堪えず、午《ひる》から酒を飲むと言出した。細君の支度の為ようが遅いのでぶつぶつ言っていたが、膳に載《の》せられた肴《さかな》がまずいので、遂に癇癪《かんしゃく》を起して、自棄《やけ》に酒を飲んだ。一本、二本と徳利の数は重《かさな》って、時雄は時の間《ま》に泥の如く酔った。細君に対する不平ももう言わなくなった。徳利の酒が無くなると、只、酒、酒と言うばかりだ。そしてこれをぐいぐいと呷《
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