遺憾なく備えていた。
尠《すくな》くとも時雄の孤独なる生活はこれによって破られた。昔の恋人――今の細君。曽《かつ》ては恋人には相違なかったが、今は時勢が移り変った。四五年来の女子教育の勃興《ぼっこう》、女子大学の設立、庇髪《ひさしがみ》、海老茶袴《えびちゃばかま》、男と並んで歩くのをはにかむようなものは一人も無くなった。この世の中に、旧式の丸髷《まるまげ》、泥鴨《あひる》のような歩き振、温順と貞節とより他《ほか》に何物をも有せぬ細君に甘んじていることは時雄には何よりも情けなかった。路《みち》を行けば、美しい今様《いまよう》の細君を連れての睦《むつま》じい散歩、友を訪えば夫の席に出て流暢《りゅうちょう》に会話を賑《にぎや》かす若い細君、ましてその身が骨を折って書いた小説を読もうでもなく、夫の苦悶《くもん》煩悶には全く風馬牛で、子供さえ満足に育てれば好いという自分の細君に対すると、どうしても孤独を叫ばざるを得なかった。「寂しき人々」のヨハンネスと共に、家妻というものの無意味を感ぜずにはいられなかった。これが――この孤独が芳子に由《よ》って破られた。ハイカラな新式な美しい女門下生が、先生!
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