」や「金色夜叉《こんじきやしゃ》」などを読んではならんとの規定も出ていたが、文部省で干渉しない以前は、教場でさえなくば何を読んでも差支《さしつかえ》なかった。学校に附属した教会、其処で祈祷《きとう》の尊いこと、クリスマスの晩の面白いこと、理想を養うということの味をも知って、人間の卑《いや》しいことを隠して美しいことを標榜《ひょうぼう》するという群《むれ》の仲間となった。母の膝下《ひざもと》が恋しいとか、故郷《ふるさと》が懐《なつ》かしいとか言うことは、来た当座こそ切実に辛《つら》く感じもしたが、やがては全く忘れて、女学生の寄宿生活をこの上なく面白く思うようになった。旨味《おいし》い南瓜《かぼちゃ》を食べさせないと云っては、お鉢《はち》の飯に醤油《しょうゆ》を懸《か》けて賄方《まかないかた》を酷《いじ》めたり、舎監のひねくれた老婦の顔色を見て、陰陽《かげひなた》に物を言ったりする女学生の群の中に入っていては、家庭に養われた少女のように、単純に物を見ることがどうして出来よう。美しいこと、理想を養うこと、虚栄心の高いこと――こういう傾向をいつとなしに受けて、芳子は明治の女学生の長所と短所とを
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