わく》を感じて地に倒れ、援《たす》けられて自分の小屋に送り込まれてからは、いかな丈夫な身体《からだ》もどうすることもできず、憐みの眼と情けの手に、乞食《こじき》にひとしい月日を送った。
 蟾蜍《がま》のような大きい腹を抱《かか》えて、顔は青く心は暗く、初産の恐怖は絶えず胸を痛めて、何がなし一刻も早く身二つになれかしと祈った。腹の中の子の動くのを覚ゆる時には、これさえ産まれたなら……と常に思った。そうしたならまた労働して自分だけのことをしよう。そして無情の男を捜し出して恨みを晴らしてやろうと思った。時にはまたその男のことを考えて、どうかしてもう一度いっしょに暮らしたい。かわいい子が生まれて、それを見せてやったなら、男もきっと折れて、やさしくなるに違いないと思った。お作はまだ男を恋うていた。
 子は産まれた。
 産まれぬ前と生まれたあとの事情がまるで変わった。身二つになりさえすればよいと思ったが、それは誤りであったことがすぐわかった。幼いながらも人間の絶えざる要求、乳を求めて日夜に泣く赤児の声、抑《おさ》ゆることのできぬ強いはげしい母親の愛情、お作は離るべからざる強い羈絆《きずな》[#ルビ
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