の「きずな」は底本では「きづな」と誤植]のさらに身にまつわるを新たに覚えた。
 過労と営養不良とで、乳が十日目ころからぱったり留まった。赤児は火のついたように間断《ひっきり》なしに泣く。それを聞くと、母親というものは総身の血が戦《ふる》えるほどに苦しく思った。で、お作もその身の食物を求めるよりもまず赤児の乳を尋ねまわった。乳酪《ミルク》を買う銭がないので、隙《ひま》をつぶして、あっちこっちと情け深い人の恵みを求め歩いた。で、昼はまずどうやらこうやら過ごしていくが、夜が実につらい。出ぬ乳をあてがって、畳の足に引っかかる一間の中をあっちこっちと動物園の虎《とら》のようにして揺《ゆす》って歩くが、どうしても泣きやまぬ時などは、いっそ放り出してしまおうかと思うほどだ。
 産褥《さんじょく》を早く離れた結果と、営養の不足と、精神の過労とで、今までついぞ病んだことのないお作も、はげしい頭痛と眩惑とを感じて、路を歩いてもおりおり倒れそうになることがある。ある日などは、やむなく終日を一室に倒れていたことなどもあった。だから、労働して食を得ようなどとは思いも寄らぬ。飢餓と病と心労と――お作はいよいよ苦境
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