てこう頭が悪いんだろう。」かれは以前にもよくこう思って、顔をしかめて頭を叩いたり何かしたが、今でも矢張りかれは頭のことを絶えず気にしていた。歩きながら、コツコツ自分で頭を叩いて見たりした。
「こんな立派な思想が自分にはあるのに――。」今でも何うかすると、そう思って、こうした僻境に年を取って行くのを勇吉は情なく思った。「他の人々は皆なそれぞれ明るい平和な生活なり家庭なりが出来て行くのに、何故、自分ばかりは、こういう暗い惨めな押詰められたような生活ばかりが続いて行くんだろう。」こう考える時には、一層明かに自分の通って来た路が暗い絵の具で塗られた何枚続きかの絵のようになって見えて来た。そうしてその最後の一枚には、肥った妻と自分に似て頭顱ばかり大きく発達した女の兒と蒼白い顔をした自分とが暗い寒い一間で寒さと飢えとに戦えていた。
 かれはかれの行く部落の人達にもやがて段々懇意になって、後には、「薬屋さん、薬屋さん。」などと呼ばれた。唯で午飯を御馳走して呉れる家などもあった。「此の間の薬はよくきいたよ、この通り治った。」ある百姓はこう言って怪我をした足を出して見せたりした。勇吉は到る処で、遠い国か
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