兎に角其処で印刷させることにして、その翌日すぐ原稿を持って行った。
鬚の生えた四十恰好の主人は、勇吉からその原稿の説明を聞いて、「成るほど、これは面白いもんだ。千年前でも千年後でも何日は何曜日だって言うことがちゃんとわかるんですな、これは新案だ。」などと言って、丸いものを自分で廻して見たりした。
「博士の証明までついているんですな、これなら確かなもんだ。」などと言った。「忙しいけれども、兎に角二十日までにこしらえて上げましょう。千枚ですな……。」こう言ってちょっと途切れて、「それで紙の色は何が好いでしょう。」
勇吉は見本に出した小さな帳面をひっくりかえして見た。色の種類も少なく好い色もなかった。ふとかれの崇拝している作家の短篇集の表紙に似た色が其処にあったのを見て、「これにしましょう、これにしましょう。」と早口に言った。
「知っている絵かきがありますから、何か少し周囲に意匠をさせましょうか。いくらもかかりゃしません。余り周囲に何もなくってはさびしいですからな、書斉の柱なんかにかけて粧飾にして置くもんだから……。」深切な主人はこんなことを言って呉れた。原稿を持って行ってから俄かに主人
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