出来た釜、鍋、薬罐、そういうものをやがて親類の男は買って来て呉れた。その男は勇吉の母方の従弟で、近所の工場に勤めているような人であった。妻はあの荒蕪地の中からこういう処に急にやって来たのを不思議に思わずにはいられなかった。「私、まだ体が揺いでいるような気がして。」二三日経ってからも妻はこんなことを勇吉に言った。

     六

 勇吉は着いた翌日から、彼方此方と活版所をさがして訊いて歩いた。しかし落附いてかれの要求を聞いて呉れるような所は稀であった。勇吉の様子をジロジロと見て、てんから相手にしないようなところも何軒かあった。「そうですな、今は年の暮が近いもんですから、忙しくってとてもお引受は出来ませんな。春にでもなれば、また緩り御相談をしてもよう御座いますが……。」ある小さな活版屋の爺はこんなことを言って笑った。勇吉は気が気でなかった。かれは一軒から一軒へと熱心に訊いて見て歩いた。
 かれは活版屋をさがすだけにもに三日を徒らに費さなければならなかった。漸くさがしあてた処は、場末の小さな活版所で、見積もあまり安くはないと思ったけれど、ぐずぐずしていて機会を失っては大変だと思って、勇吉は
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