道はえらい凶作ですよ。この冬が思いやられますよ。」などと言って、粟も稗も馬鈴薯も取れなかったことを車中の旅客に話して聞かせたりなどした。
気候も段々暖くなって来た。畠には麦が青々と生えていた。「あちらに比べたら、何て好い処なんだろう。こういうところに住んでいる人達は何れほど仕合せだか。」勇吉の妻はこんなことを思って、雪一つない地上に草や木の青々と生えているのをめずらしそうに見た。
「暖かいこと。」
こう勇吉に言って見たりした。
賑かな大きな目も覚めるような停車場――幸いにも其処には予め手紙をやって今日の到着を知らせて置いた遠い親類の男が迎いに来ていて呉れた。荷物と一緒に自分と女の兒だけ車に乗せられて、借りて置いて呉れた裏店のような三軒つづきの狭い家にやがて皆なは落附くことになった。それは擂鉢の底のようになっている処で、ちょっとの隙間もなく家が一面に建て込んであった。
「何て家の多い処だか――私吃驚した。」こんなことを勇吉の妻は言った。
三畳に六畳、床の間もないような小さな家であった。それでも彼方の寒い掘立小屋よりはいくら増しだか知れないと妻は思った。新しい柄杓、新しい桶、瀬戸で
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