コヨゴヨミ、それで好い、それで好い。」こう得意そうに言って、それを原稿の上のところに、ゴシックスタイルで丁寧に書いた。そしてその上に理学博士吉田卓爾先生証明と横に書いた。
「これで好い、これで好い。」
勇吉はある大きな事業をしたような心持ちで雀躍して狭い室の中を歩き廻った。

     四

 出京の準備は思の外手間取った。土地の処分をして、少しでも多く金を作りたいと思ったので、金を借りた家に行って相談をしたりなどした。懇意の医師の許などにも行った。
 十一月の末が来ても、まだ土地の処分が完全に出来なかった。勇吉は段々焦々し出して来た。「暦は十二月から正月が売れるんだ。ぐずぐずしていて時を失っては大変だ。」こんな風に考えたかれは、終には安く土地を手離して了わなければならなかった。「何アに構わない、貯金の金があるから、東京に行ってから一月、二月は何うにでもして行かれる。少し位安くっても早く行けるほうが好い。」勇吉はこう思って土地売買の証文に判を捺した。
 勇吉の妻も無論東京に出るという計画を喜んでいた。まだ東京を知らないかの女に取っては、東京は何んなことでも出来るところのように思われてい
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