た。果して夫の言う通りならば、こんな寒い荒蕪地の中に暮しているより何れほど好いか知れなかった。絶えず心配になっている Socialist の嫌疑を避け得られるだけでも好いと思った。始めて運が開いて来たという風にも考えられた。長年夫を知っているので、時には、「何を言っているんだかわかりゃしない。そんな暦が売れるもんだか何だかわかりゃしない。」こう不安に思うこともないではなかったが、雪の中に顫えて餓えているよりは、何んな苦労をしても東京に行く方がまだしも好いと妻は思った。
「私は何んな苦労をしても好いけど、貴方もしっかりして下さらなけりゃ仕方がないよ。」
こう妻は勇吉に言った。
五
小さな海岸の停車場から目も覚めるような賑やかな大きな上野の停車場までのさまざまな光景は、何枚続きの絵か何ぞのようになって勇吉の妻の眼に映って見えた。雪、雪、雪、何処を見ても雪ばかりの広い荒漠とした野原の中の停車場が見えるかと思うと、何本もわからないほどの煙突が黒い凄じい煤煙をあたりに漲らしているような大きな町なども見えた。ある線からある線へ乗換える停車場では二人は寒気に顫えながら、家から持って
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