うに言った。
 勇吉は三日間、雑嚢を肩からかけて村から村へと歩いて行った。自分の村から、二、三十里近くのところまでも出かけて行った。雑嚢の中には、薬が沢山に入っていた。風邪の薬、胃腸の薬、子供の気つけにする薬、ヨードホルム、即効紙などがごたごたと一杯になって入っていた。勇吉はそれを自分の村から五里ほどある停車場の町に行って、懇意な医師に処方をつくって貰って、小さな製薬会社から成べく安く下して貰って来た。
「薬、入りませんか。」
 こう言って、かれは荒蕪地の処々にある家に入って行った。一軒から一軒へ行くのに、萱や篠の一杯に繁った丘を越えて行かなければならないようなこともあれば、沢地のようなぐじゃぐじゃした水のある処をぐるりと廻って行かなければならないようなこともあった。「薬屋さんかネ……今日は好いがな。」伊勢あたりから移住して来た百姓はこんな口の利き方をした。「まア、休んで行かっし、……薬はいらないが、遠いところを来て疲れたろうナモシ。」などと言って、煖炉の傍に請じて呉れる婆さんなどもあった。村から村へ三里もさびしい山路を通って行かなければならないような処を通る時には、勇吉の勇気も幾度か
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