をかれはかれの不思議な数学的の頭から案出した。かれはそれを郷里出身の理学博士に送って賞讃を博した。現にその博士の手紙を勇吉は持っていた。「そうだ、それに限る。暦は安くって必要なものだから、いくらでも売れる。東京に行って、安い印刷所でこしらえれば費用だっていくらもかからない。一枚二、三十銭位で売り出せば屹度売れる。そうだ。好いことに思い附いた。」こう思って、かれは文庫の底からその暦の原稿を出して、更に博士の手紙を読みかえした。「七曜の数の出し方は確かに貴下の新研究と存候――。」こう書いてあった。今まで持っていた才能を何故今までつかわずに置いたかと勇吉は思った。限りない勇気が全身に漲って来た。神! 神が救けて呉れた! こんな風にも思って雀躍した。
 Socialist としての圧迫も、東京に行けば何うにでもなると勇吉は思った。「東京は広い。身を躱して了えばわかりゃしない。巡査だって、刑事だって、そうそうはさがして歩かれやしまい。それに、東京には代用小学校がいくらでもある。教員の口だってさがせばわけはない。そうだ。そうだ。こんなところに齷齪して、雪の中に餓えて死んで了うことはない。それに限る
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