いれば、親子三人雪の中で餓えて死んで了うばかりだ。」
 こう思うと、勇吉はいても立ってもいられないような心持がした。それに海岸の村で聞いて来た Socialist に対する官憲の方針はかれの恐怖の血を泡立たせた。自分のあとには常に刑事がついていて、自分の考えていることは何も彼も知っている。こう思うと、怖くって仕方がなかった。片時も心の安まる時がなかった。自分は何もわるいことはしないのだけれど、今までのことが既に大きな罪になっていて、突然刑事や巡査がやって来て自分を伴れて行きはしないかとさえ疑われた。
 かれは部落に一人いる巡査を怖いものに思って、その駐在所の傍は常によけるようにして通って行った。
 ふと思いついた。かれは例の通り膝を拍った。晴々しい顔をして心の中で叫んだ。「そうだ。そうだ、そうしよう。あいつを持って東京へ行こう。あいつなら確かだ。確に売れる。誰も必要な重宝なものだから……。」かれは海岸の村にいる時分、一生懸命になって、ある一種の暦を発明したことを思い出したのであった。それは千年前乃至千年後の二十八宿と七曜日が数字の合せ方で間違いなく出て来るというようなものであった。それ
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