は、頼んで漸く泊めて貰った。

     二

 ある夜、勇吉は荒れた小さな駅に来て泊った。そこはある街道からある街道へ通ずるような処で、旅客が馬を次ぐ宿駅になっていた。広い路に添って、人家が十二三軒あった。明るい灯のついた三味線の音のする料理屋などもあった。十月の初めは、もう内地の初冬の頃の気候で、林の木の葉は黄葉してバラバラと散った。
 旅舎の店の処を通ろうとして、ふと見ると、ゴルキー集と書いた短編集の散々読み古されたのが其処の机の上に置いてあった。勇吉はそれを手に取って見た。不思議にも芸術に対する憧憬が湧きかえるように起って来た。この前にも立場などで古新聞の破片などに自分の崇拝していた作家の作を発見して、東京の方をなつかしく思ったことも二、三度はあったが、しかし其時ほど強い烈しい憧憬を覚えたことはなかった。勇吉は頁をくって見ていたが、
「これは誰のだい?」
 亭主は振返って見て、
「誰のって言うことはありましねえ。此間、お客様が忘れて置いて行った小説本だ。」
「ちょっと借りて行くよ。」
「え、ようがすとも……。」
 其夜一夜、かれはその短編集を手から離さなかった。夕飯前に読み、寝
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