る前に読み、蒲団に入ってからも読んだ。かれは其処にかれの日常多く見ているような旅客だの乞食だの強盗だのを見た。愚かな百姓、色気のない田舎娘、行商人、それは皆なかれの常に眼で見たり話で聞いたりするような人達であった。作物の背景になっている天然もよく似ていた。矢張、樺の林や白楊や白樺などで取囲まれてあった。空は広く星はキラキラと煌いていた。
「そっくりだ、そっくりだ、こういう人間はいくらもいる。」
読みながら勇吉は何遍となくこう繰返した。
「こう書けば好いんだ。」
こんなことを言ったかれは、昂奮して膝を拍った。かれは自分の逢った人間を頭の中に繰返して見た。
「あれもそうだ、あれも好い、あいつも書ける。」こう言ってまた膝を叩いた。
「そうだ、そうだ!」
こう言っては、また深く読み耽った。二三時間の中に、かれはすっかりそれを読み尽して了って、中で気に入ったものをもう一遍読みかえしたりした。「是非、やって見よう。」つぶやくようにかれは独語した。
夜遅くついた旅客の馬の鈴の音がちゃらちゃらと静かに窓の下のところでした。勇吉は窓を明けて見た。広い空には星が煌々とかがやいていた。
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