のではない。三年も経てば余程目鼻が明いて来まさ。」こう年を取った近所の百姓は言って呉れた。ところが不仕合せにも二年目は天候は好い方ではなかった。菜種も、豆類も、粟もすっかり駄目だった。百姓はこぼしながら馬鈴薯や玉蜀黍などを食った。今年こそ、今年こそと言って、昨年の凶作の取りかえしをしようとした今年は、また昨年以上に天候がわるかった。暑い日影の照ったことなどは殆ど一度もないと言って好い位であった。秋の末のような薄ら寒い気候が農作に肝腎な夏の盛りのすべてを占めた。此処では、五日でも一週間でも好いから、くわっと暑い日の光線の照りわたるのが必要であった。強い日の光を受けさえすれば、作物は一日、二日の中に三尺も四尺も伸びるというような処であった。で作物は皆な成熟せずに終った。粟にも穂という穂もつかなかった。馬鈴薯さえ完全に出来なかった。豆、麦、稗、蕎麦――すべて小さくいじけて実を結ぶ間もないのに秋の霜は早くもやって来た。凶作という声が到る処に満ちわたった。物価は俄かに高くなった。とてもやり切れないなどと言って、半分耕した土地を売払って他国に行って了うものが頻々として続いた。ことに旅をして彼方此方を見て歩いている勇吉には、その災害の甚しいのが一層明かに眼に映った。ある村などでは、殆ど全く無収穫というような悲惨な状態に落ちているのを勇吉は見た。丘に添った村はひっそりとして煙の立っている家などはないという位であった。いつも威勢よく鈴の音をさせて山を越えたり野を越えたりして停車場の方へ行く駄馬の群にも滅多には出会わなかった。何処の村も皆なひっそりとしていた。
 勇吉は非常に大きな打撃を受けた。百姓の事業の方も無論そうだが、それよりも一層困ったのは、薬のぱったり売れなくなったということであった。病人は却っていつもより多いのだけれど、何処の家でも薬などは買わなかった。大抵は富山から来る置き薬で間に合せた。
「薬屋さん、気の毒だけど……この凶作じゃ薬も買って飲めねえや。」
 こう到る処で勇吉は言われた。
 勇吉は思い雑嚢を肩からかけてそして遠い旅から帰って来た。
「駄目だ、駄目だ。」
 こう言って、小さな自分の家に入って行った。六畳一間に、その奥に小さい二畳があるばかりであった。十月の末はもう寒かった。雪も二、三度やって来た。ブリキの暖炉の中には薪が燻って、煙が薄暗い室の中に一杯に満ちてい
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