Bはいくらか驚いたやうにして言つた。
「だつて、エスカスは、向うですもの? ……川を渡らなくつちや……?」時子はかう言つたが、続いて下りて来るBを土手の向うへ――ボウトやベカの沢山に集まつてゐる方へ伴れて行きながら、「そら、向うに見えるでせう? ロシア人の住んでる家が?」
「あゝ……」
「あれがエスカスですの」
「大変だね」
「何アに、わけはありません。だつてボートですぐ行けるんですもの……。今でこそまだやつと春になつたばかりなので川はこんなにさびしいですけれども、これから夏になると、それは賑かですよ。ロシヤ人は皆な川に出て来ますからね……。そらあそこに、若い二人連がベカを漕いでゐるでせう? あゝいふのが沢山に出て来るんですから――」いつか時子はボートの沢山並んでゐる土手の所へ行つて、さういふことにはつねに十分馴れてゐるものゝやうに、そこにゐる支那人の船顔に何か二|言《こと》三|言《こと》話しかけたが、話しはすぐきまつて、かれ等は船頭に導かれて、そのまゝ土手の下にたぷ/\水に漂つてゐるベカにしてはいくらか大きい舟に二人さし向ひになつて乗つた。
「あぶないね? 大丈夫かね?」
「大
前へ 次へ
全15ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング