叔母も好いお客にはしてゐるけれども、心配もしてゐるんですの……。相手の女ですか。いくらかは惚れてゐるんですけども、何と言つたつて、まだ若いんですからねえ。私なども覚えがありますけども、二十や二十一では本当のことはわかりませんからね? 一度や二度は男を捨てたり男に捨てられたりしなければ、本当のことはわかりませんからねえ……」こんなことを時子は言つたが、しかも二人してかうして馬車で走つてゐるのを見られても、少しも困つたり狼狽《あわ》てたりしたやうな態度をかの女は面《おもて》にあらはさなかつた。町はやがて尽きて、その向うには、次第に大きな川の流れてゐるらしい濶い地平線を眼の前にするやうになつて行つた。
 石ころの多い小さな坂を登つたと思ふと、新しい天地でも開けたやうに、忽ち右に大きな鉄橋を跨らせた大河が、雲を浮べ日を溶して洋々としてゐるのをBは眼にした。馬車はやがてその土手の上で留つた。
「これが松花江《スンガリイ》だね?」
「さう――」
「大きいね?」
 逸早く女が下りるのをBは眼にして、
「こゝで下りるのかえ?」
「え……こゝで下りて、川を渡らなくては?」
「川を渡るのかえ? この川を?
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