て、簡単なロシア語で、アンナ・パブロオナといふ女の住宅を訊いた。
始めは容易にわからなかつたが、三度目に訊いた子供が運好く知つてゐたので、そのまゝ迷ひもせずに、かれ等はその裏道の方へと入つて行つた。
小さな門のところへと行つて子供は立留つた。
見ると、果して、アンナ・パブロオナとその名が記してあつた。
時子が先に立つて、あとからBが続いた。と見ると、入口の処に中年のロシアの女がゐて、けゞんな顔をして此方《こなた》を見てゐたが、Watanabe――といふ言葉を一言時子が発音すると、内にゐてそれを聞きつけたらしい美しい、三十ぐらゐの女が急にそこにその半身をあらはした。アンナであることがすぐわかつた。
Tokio―Watanabe―唯それだけでアンナにはすべていろ/\なことがわかつたらしく、慌たゞしげに且つ喜ばしげに急いでB達をその家《いへ》の中に請じた。
それは小さな宅《うち》ではあつたが――その一室とその向うにもう一つ室があるだけで、仔細に見れば、その貧しさが、また其惨めさがそれと察せらるゝほどであつたが、否これと見ただけでも、そのアンナがハルピンの普通の踊妓《をどりこ》のや
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